ボランティア雑記



ボランティア体験記や感想などを、よせられた順に記録していきます。
●少ない事例の中ですが、いじめっ子・ひきこもり・家庭内暴力は、母親の偏愛、放任、過干渉が原因だなと感じました。いじめられっ子の方の母親には特に問題ある様には見えませんでした。

死に至るほどの子供虐待原因の大半は、生活苦にあると思います。先の見えない生活苦が母親を不安と孤立に追い込み、被害者意識を増幅させ、憎しみの対象が、親の不安を反映していらだつ子供につい向かってしまう、との分析には同感です。

●常識的な説得や指導は、虐待するたびに、傷つき、苦しむ、本当は優しい母親を”そのとき”納得させるだけで、子どもを助けるという意味ではほとんど役に立っていない、と断言できます。どんな名セリフも役には立たないのです。何をするか、事実行為以外救う道はありません。

●行政の画一的な支援策だけで、苦しんでいる母親に安心と安定をもたらすことが出来るでしょうか。子は国の宝、礎というなら、まず、母親への徹底した援助が必要だというのに、国策は児童手当を減らし、小児科は診療費を値上げ、挙句に3割負担という方向に走っています。構造改革とはこんなことなのかと思います。何よりも母親と子どもたちを大切に出来なくて国の繁栄はあるのでしょうか。

●わかり易いには違いないけど、離婚した妻子の面倒を見ない総理大臣だからこそ構造改革が出来るんだとは恐ろしい例えだと思います。(7月19日朝日新聞猪瀬委員)

●それが出来るなら、俺もとっくに別れているんだが、とため息をつく男なら、まず妻子は安泰です。

●冷酷で残酷な暴力から子供達を護るためには、小さな子を持つ母親におもいやりと具体的な応援のしくみをつくることが必要だと思います。 物心にわたって母親を応援することなのです。不安からの開放です。育児を助けたり、仕事を斡旋したり、支援制度の充実とその有効利用の手助けをすることです。

●具体的な「介護」を必要としているのは老人より育児に苦労している母親たちだと思います。

●突然、小さな子ども3人の母子家庭となってしまった母親に代わって福祉事務所に生活保護の相談に行きましたが、本人が来なければだめだと事務的にあしらわれました。私の態度が気に食わなかったのでしょう。民生委員だったらスムースに行くそうです。

●どんなにすばらしいイベントでも参加してもらいたい人達が参加しないようでは大きなコストとエネルギーを注ぐ意味がないかもしれません。私たちはこの点で少なからず思い違いをしていました。

●知能の低い者、気が弱すぎる者、何をやっても上手に出来ない者たちは「生かされてるだけで満足しろ」と、言わんばかりの風潮だけど仕方のないことなのでしょうか?

●78歳の父は認知症、74歳の母は転倒して腰の骨を折って以来寝たきりとなった。50歳の娘一人では何が出来よう。家を担保に借金生活を続けるうちについに破綻した。もう借りるところが無いのである。家が処分されれば多少は残ると言う理由で生活保護も受けられない。身体障害者の年老いた両親を連れてどこへ行けというのだろうと毎日泣いて暮らしていると相談されたって僕もどうしてあげればいいのか途方にくれている。


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